スケートボード 平野歩夢選手

 今回の東京オリンピックにはほとんど関心がありませんでしたが、唯一、「これだけは見なくては」と気合が入っていたのがスケートボード平野歩夢選手。

 新潟県村上市出身、ということで15歳のソチ五輪から見ていますが、成長する姿にすっかりファンになっていました。サムライというか、’求道者’に見える。

 ヘアスタイルは今はレゲエ(ドレッドヘア)だし、スノボもスケボもウエーイ系なスポーツなのに(思いっきり偏見の塊ですが)本当に不思議です。ゆっくり言葉を選びながら、訥々と話す話し方がよいですね。

 情熱大陸で、「クールと称賛されれば言うことなし。」と言っていました。確かに、スノボもスケボも欧米の選手達はテンション高めで喜怒哀楽がはっきりしていますが、その中でかなり控えめ。

 何故、東京大会にスケートボードで出るのか?子供の頃にやっていたとは言え、競技としては10年以上のブランク。

 この質問に、「スノボだけやっていれば楽というか簡単というか。やり方もわかるし、(ライバルの)誰が何をするのかもわかる。オリンピックの準備期間が4年。競技人生終了までずっとスノボの世界だけを繰り返していかなければいけないのがもったいない。東京で、オリンピックの正式種目にスケートボードが決まって、スルー出来なくなった。自分の成長のために挑戦したい。」

 情熱大陸で、出身地に二年前オープンした村上市スケートパークで、チビっ子たちに初講師でスケートボードを教えていた映像がありました。子どもたちに熱弁をふるっている姿がすごく楽しそうで、彼は本当にスケートボードが好きなんだなあと見ていて思いました。おそらくスケートボードへの愛が夏のオリンピック出場を決めた2つめの理由でしょう。

 番組の中では、東京大会の一年延期がもたらす苦悩も描いていました。二年近くがっちりスケボの練習をしていたら、スノーボードが犠牲になった時間が増えた事。スノボで失っているものがあるのが解かるので、モチベーションが保ちづらいと言っていました。 スノボで疲れた体でスケボの練習に向かうスイスでの合宿。

「やめるわけにはいかない。大変だから、難しいから、わかっているけど、(スケボを)諦められない自分がいる。続けていくことで何か変わるんじゃないか」人がやっていないことへの挑戦が今の自分。誰も見ていない景色を見てみたい。との番組ラストのナレーション。

 東京大会の目標は「決勝にすすむこと」だと公言していたらしいです。スノーボード金メダルのショーン・ホワイトですら、東京大会延期で断念したスケートボードの出場。

 結果、予選は14位で、上位8人の決勝には届きませんでした。試合後のインタビューの、「この場を楽しめた。プレッシャーもあまり感じず、自分の出来ることを出し切れた。熱く、楽しく、個性的なスケーターたちに刺激をもらえた。」と爽やかな笑顔でした。冬と違い、東京の夏の青空の下、半袖、軽装で飛んでいた平野選手を見られてとても嬉しかったです。彼だけが見ることのできた景色はどのようなものだったのでしょうか。

過去記事ですが、金メダリストたちの名言
https://nanten505.at.webry.info/201802/article_6.html




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