人間の五感は「オンライン」だけで相手を信頼しないようにできている

 前回、前々回に引き続き、京大総長も務められた霊長類・人類学者の山極壽一さんのインタビューを紹介します。以下引用。

 チームワークを強める、つまり共感を向ける相手をつくるには、視覚や聴覚ではなく、嗅覚や味覚、触角を使って信頼を形作る必要があります。人間は言葉や文字を作り、現代ではインターネットやスマートフォンなど身体は離れていても脳でつながる装置をたくさんつくってしまった。だから安易につながったと錯覚するけれど、実際には信頼関係は担保できている訳じゃないという状況が生まれています。(中略)一緒に行動した記憶が積み重ならないとチームワークはできないんです。(引用終わり)

 つまり、リモートワークはオフィスの一時しのぎの代替にはなるかもしれないけど、チームワークの基盤ににはならないということですね。コロナ新時代の新しい生活様式と言われてますけど、人間の本能はそうそう変わる物じゃないのではないでしょうか。リモートだけではなく、何か工夫が必要になる世界になれたらいいですね。これは2017年9月のインタビューです。

山極さんインタビューのサイトを貼っておきます。
人間の五感は「オンライン」だけで相手を信頼しないようにできている↓
https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m001351.html

前々回の記事ですが、共感を向ける相手を作るには、身体感覚の共有が必要
https://nanten505.at.webry.info/202007/article_10.html


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友達が出来づらい

 前回に引き続き、京大総長も務められた霊長類・人類学者の山極壽一さんのインタビューにとても納得したのでご紹介します。以下引用。

 大学生の悩みは友達ができないこと。 いったん友達になると、相手を信用しすぎてお互いに負担をかけあってしまう。脳ではつながろうとしているけど体ではうまくつながれていない。体でつながるというのは、五感(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)の身体感覚を共有すること。SNS世代の彼らには身体でつながりあった記憶があまりないのでは。

 なんでもいいから一緒に共同作業すればすぐに友達になれるんだけど、なかなかそういうことができないのが現代。つまり、人に頼まなくても生活の大抵のことは一人でできてしまう便利な時代。だからこそ、人とつきあうことが負担になる。(引用終わり)

 大学生に限らず、社会人でもみんなそうです。学生時代の友人なんて就職、結婚、出産、子どもの有無、趣味の変化などステージが変われば話は合わないし、住む場所が変われば疎遠になる。 会社の同僚は友人とはちょっと違うと私は思っているんですが、世間には同僚兼友人を持つ方もいらっしゃるかもしれません。

 結局、仲良くなる、信頼をかたちづくるのは何かの共同作業とか手っ取り早いのは一緒の食事なんですよね。

私の前回の山際教授のインタビューの記事ですが、「共感を向ける相手を作るには、身体感覚の共有が必要」
 https://nanten505.at.webry.info/202007/article_10.html



共感を向ける相手を作るには、身体感覚の共有が必要

 京大総長も務められた霊長類・人類学者の山極壽一さんのインタビューが中々興味深い。サルやゴリラなどの習性と人間を比較して結論をだしています。

 チームワークを強める、つまり人間が共感を向ける相手をつくるには、視覚や聴覚ではなく、嗅覚や味覚、触覚を使って信頼をかたちづくる必要があります。合宿をして一緒に食事をして、一緒にお風呂に入って身体感覚を共有することはチームワークを非常に高めてくれますよね?つまり我々人間はは未だに体でつながることが一番だと思っているわけです。

 例えば、視覚と聴覚だけの共有、映画館で同じスクリーンで見知らぬ人が映画を見ただけでは親しくはなれませんが、一緒に食事をしたら周りは親しい人だと認識することが説明されていました。

 私は今まで体育会系のノリが嫌いだったんですが、スポーツの合宿ってありふれているけれど、共通体験と信頼を作りあげるにはいい経験なんだな、と思いました。チームプレイのスポーツなら尚更ですね。周りに変な人がいない状況ならば。学生の間に経験しておくのはいいことなんですね。けれど必須、マストではないと思っています。

 私の働いていた会社は体育会系の人がとても多い会社でした。スポーツの部活動というかサークル活動もあった会社です。就職活動で高校大学とスポーツをしている人は評価が高い会社でした。これはいわゆる企業一般に言えるみたいですね。個人的には脳筋っていやだなとおもってたんです。認識を変えました。

 でも今更、運動音痴の私がスポーツしたり合宿したりはできないので、共感を向ける相手を作ることで、私ができることを探していきたいと思います。

過去記事ですが、サルのグルーミングと人間のおしゃべりの共通点
おしゃべりは楽しいけど疲れる↓
https://nanten505.at.webry.info/201908/article_9.html



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おばあちゃんの部屋のゴミ捨てが終わった!

 ああ、スッキリ達成感! 認知症のおばあちゃんの部屋のものを並べたテーブルが綺麗になりました。燃やすごみ以外の分別が必要なもの、例えば未使用の化粧品、使いかけの薬(液体やクリーム状)、洗ってないコップ、皿複数、使用済み乾電池、ヘアピン、画びょうなどなど。後は少し残っている洋服(着そうな物)を移動して壁や天井の埃をおとして掃除機をかければいい。コロナ自粛期間中に細々としてたけど、中々腰が重くて一気に来れなかった。けどようやく目途がつきました。

 しかし汚い布団など粗大ごみを持っていったら焼却場での洋服の回収がコロナでストップしている。洋服の大袋5袋をまた持って帰って来ました。輸出がストップしてるせいだそうです。9割は私の服じゃないのに。後半年か一年位寝かせておくか。田舎なので放置スペースはあるから。燃えるゴミでも出せるんだけど、専用ゴミ袋を買うのでお金がかかるんです。他の人の役に立つ、リサイクルした方が資源になるよなあ。

 よく考えたら納戸部屋二部屋に残っている部屋の整理も洋服ダンスが何本もあるんで、ほとんど洋服だ。きちんと見てないけど多分そうだ。ああ、秋になったらやろうと思ってたけどコロナが収束しないとできないじゃないか。

 そこには来客用の布団も10組ほどあるんですよ。半分は残しておくけど、残りは、どないせいっちゅーんや。タグが付いてたら(未使用なら)売れるのか?保管状況が怪しすぎて私なら買えない。粗大ごみなのかなあ。

過去記事ですが、おばあちゃんのゴミとの格闘 粗品タオル編
https://nanten505.at.webry.info/201805/article_4.html


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60歳になるのが楽しみ

 池波正太郎さんのエッセイを読んで、60歳になるのが楽しみになってきました。年金以外で歳をとるのが楽しみだなんて思ったことは初めてです。

池波正太郎 「一瞬の平安」より 1986年に書かれた短編より引用

  六十を過ぎると、あらゆる拘束が、あまり気にならなくなる。何とか切り抜ける知恵も若いときと違って頭に浮かんでくる。拘束を、たのしむ気分が生じてくる。肉体は、既に若さを取り戻せないが、心象の風景は、次第に自在な軽みを帯びてきたのだ。いつ、いかなる世にも「自由」は心象の中にしか存在しない。このことを真にわきまえるのは、やはり六十を超えてからということになるのだろう。(中略)

 ときに応じて、また身に降りかかってくる種々の事象に対して、わかいころにくらべると、おのれの言動を自在に操作できるようになった。また、六十をすぎれば、人事の不義理も世間がある程度は許してくれるようになる。(引用終)

 つかの間の老年の平安といったところでしょうか。いつ何時病魔に侵されて倒れる可能性もある老年期ですから。60歳になるのが楽しみになってきました。

 そういえば以前読んだ本に、女性は50歳を過ぎて70代に向かうにつれて生活の満足度が上がるということが書いてあったのを思い出しました。ちょっとこれは年齢に幅があるので当時は漠然としか感じられなかったんですが、過去記事に貼っておきますね。

フランス人の40歳からの生きる姿勢
https://nanten505.at.webry.info/201706/article_1.html

もう一つ過去記事ですが、池波さんの言う「自由は心の中にしか存在しない」似たようなことを私も考えていました。

幸せになるための条件
https://nanten505.at.webry.info/201910/article_4.html


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母の味の、のり弁

 ほっともっとのお弁当初めて買いに行って家で食べました!ずうーっと「ほか弁なんて・・・」って思ってたけど、テレビで見て「美味しそう!」と一目惚れ。実際食べて凄く美味しかった!作りたてだったし。スーパーのお惣菜やお弁当より十倍美味しい。比べるのも失礼か。

 他人が作ってくれた暖かいものって本当に美味しいんだなあ。のり弁は2020年3月のほっともっとのランキングで堂々の一位、人気ナンバーワンだそうです。画像は拾い画です。

 大好きな番組、日本縦断こころ旅の放映がコロナ自粛後に再開されました。コロナ前は火野さんもスタッフさんも皆さんレストランや食堂でお昼を食べていたのに、コロナ後はお弁当オンリーになってしまって、可哀そうだなあと見ていたんですが、2日目のお弁当に目が釘付け!

 おっ 美味しそう!見た瞬間のり弁と分かり、ほっともっとのマークの割りばしが映ったのでHPで調べて速攻買いに行きました。

 もち麦ごはんののり弁にしました。のり弁食べながら、懐かしいなあと思い出したのが私が高校生の時の母のお弁当。醤油おかかとのりをごはんの間にはさんでご飯が上と下にしてあるんです。ごはんの上にのりを乗せると蓋にへばりついてしまうので。

 のり弁って母の味だったんです。とても美味しくて母の味を思い出してとても幸せでした。ほっともっとののり弁は1000キロカロリー以上のカロリーお化けなんですけど。

 ぐぐってみたら、昭和30年代より前の、給食がなかった頃は家庭の、のりおかか弁当が一般的だったらしい。母の味だったのも納得です。

 今高校生の息子が小学生のときに一度のり弁を作ってあげたことがあるんですが、その時は白いご飯がいいと言われてしまいました。また聞いてみようか。味覚が変わっているかもしれないし。今は自分用の弁当を作ることなんてないんですが、のりとおかかご飯だけでも作ってみようかな。

過去記事ですが、リニューアルの朝マック(マクドナルド)
https://nanten505.at.webry.info/201804/article_5.html

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3人の友達との夕食はバーチャルコンタクトよりもはるかに幸福にしてくれる

 ドイツの心理学者 マンフレッド・シュピッツアーの言葉です。欧米人だから夕食と書いてあるけど、日本人主婦なら絶対ランチ!でしょう。夕食は家族と食べる(作る)しがらみがありますから。お酒が入るのなら夕食になってしまいますね。私はお酒は飲めるけどなくても全然かまわない。車が必須な田舎なので飲んでしまうと帰りは送迎を頼むか代行しかないので面倒なのです。

 タイトルのこの言葉には私も賛成です。私のデジタルコンタクトなんてラインと、このブログくらいで見て分かる通りコンタクトなんて微々たるものですから。

 シュピッツアーは子どものときからデジタル漬けになると、明らかに脳の健全な生育を阻害する、というテーマの著書がある方で、要はデジタルよりリアル(現実)!という主張をなさっている方ですね。私も賛成です。映画やドラマより本当はリアルの体験の方が絶対に脳に良いと思っています。五感全てが刺激されますから。

 私は二人でランチできる友人は数人いるのですが、喋るのと聞くのと食べるので凄く忙しい。シュピッツアーの言う通り自分+三人というのがベストな人数ですね。しかし4人でもスケジュールを合わせるのは大変です。全部で5人でもいいけど。一人お誕生日席で。6人はちょっと多いかな。人数が多いほどスケジュールを合わせるのが大変になりますね。至極感覚的なもので理由は特にないんですけど。

過去記事ですが、友人の魅力ってなんだろう
https://nanten505.at.webry.info/201906/article_4.html


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女性のための知識

 私の大好きな生活全般の実用知識って、子供時代を除いた人生の前半に必要だけど、後半は殆ど必要ないということに気が付いてしまいました。ショックだあ!知識や道具って時代とともに変化していくものだし、私の持っているものが今の人に役に立たないかもしれないと思うと悲しいです。

 女性に必要な知識をステージ毎に考えてみると
学生(高校・大学生) 学校の勉強、ファッション、恋愛? 
独身 キャリアアップ ハウスキーピング(実家などなら必要ないかも)タイムマネジメント(主に仕事)ファッション 恋愛?
子持ち キャリアアップ ハウスキーピング タイムマネジメント(プライベート含む)教育

 子供が巣立つと、ほとんどの知識がそんなに必要なくなるんじゃないか?仕事のキャリアも先が見えてくる。おそらく時間にも余裕が出てくる。死ぬまで必要なのは健康関連とお金関連くらいだ。

 しかし、人生の前半は限られた時間の中で膨大な知識を必要とすることが多いです。今の若い人たちは本を読まないと言われているけど何から生活全般の知識を得ているのでしょうか。ユーチューブかしら?雑誌は相変わらず売っていますが苦戦しているようだし。知識なんてなくてもなんとかなるのかしら。知りたいことがあったらググればいいんでしょうか。

過去記事ですが、人生は長すぎる? 短すぎる?
https://nanten505.at.webry.info/201712/article_3.html


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時間を忘れて集中できることは幸せ

 前回、人間にとって普遍的な幸福とは、「幸福な人生を目指して頑張っている時が『最も幸福』なのではないか」という結論のお話をしました。この「」内の言葉に出会った時、思い浮かんだ3つの言葉の最後の言葉の「成長のプロセスを楽しむことが大切」という言葉について感じた事を書いてみたいと思います。

 成長のプロセスを楽しむ時間、というと真っ先に思い浮かんだのが何かに集中している時間でしょうか。時間の経過が感じられないほど我を忘れて熱中して没頭した時間が過ごせることはすごく幸せなのではないか。それで思い出したのがメンタリストDaiGoさんの本のフロー状態でした。

彼の言うフロー状態とは、

①明確な目的がある
②意識を集中する
③我を忘れた状態になる
④時間が圧縮、短縮して短く感じられる
⑤ある課題をクリアすると、その効果をすぐに実感できる
⑥適切な難易度 難しすぎず、易しすぎず
⑦自分で状況をコントロールしている実感がある
⑧活動自体に価値を見出せる

⑨他者に妨害されない環境があれば更に良い

 明確な目的や難易度のステップアップ、状況のコントロールなど集中以外の要素も含まれます。この①から⑨までが全て揃っているのが理想的なフロー状態なんでしょうけど、一つや二つ欠けても十分幸せなんじゃないかと感じます。

前回の記事ですが、 幸福な人生を目指して頑張っている時が「最も幸福」なのではないか
https://nanten505.at.webry.info/202007/article_3.html


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幸福な人生を目指して頑張っている時が「最も幸福」なのではないか

 橘令(たちばな・あきら)氏の「幸福の資本論」を読みました。私は人間にとっての普遍的な幸福とは何か?をずっと考えていましたが、このタイトルの橘氏の結論が今の私にとってすごく共感できるものでした。

 前回の記事の「快と不快、両方ともその時限りの刺激でしかない」ということ、先日記事で紹介した、やなせあきら氏の言葉「幸福は幸福な人には見えません。もしも不幸になったらその時に見えるはず。」という言葉。「成長のプロセスを楽しむことが大切」とい3つの言葉を思い出しました。成長の~これはダレの言葉だったか、バシャールだったか、この言葉は30年近く前に出会っていたので記憶が古すぎてわかりません。
 
幸福の資本論より引用

 人生の様々な出来事に遭遇して一時的に幸福になったり不幸になったりしますが、その感情はいつものレベル(それはおそらく遺伝的、生得的に定められている)に戻っていくのです。幸福は逃げ水を追いかけるようなもので決して手に入れることができない。(ニック・ポータヴィー著 幸福の計算式より)

 逆境をあまり経験したことのない人たちはある程度つらい経験をしたことのある人に比べて幸福感が低く、健康状態が劣っていた。逆境経験0の人達は逆境数平均の人に比べて人生の満足度がはるかに低かった。この現象を理解するポイントは「逆境は既に過去のものになっている」時のみということだが、逆境が人生の満足度を高めるのではないか。(米の心理学者 マーク・D・シーリーの「どんな試練も乗り越えられる」という論文より)

 この二点から、橘氏は、幸福な人生を目指して頑張っている時が「最も幸福」なのではないかと結論付けています。

 橘氏は作家ですが、投資や資産運用や金融関係などの著書が多い方なので、スピリチャルな方々の本とは一線を画した現実的な思考と結論でとても興味深く、共感できました。

 前回の記事ですが、年とともに楽しみが減るのは↓
https://nanten505.at.webry.info/202007/article_2.html

幸福の「資本」論――あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」 - 橘 玲
幸福の「資本」論――あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」 - 橘 玲


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年とともに楽しみが減るのは

  年とともに旅行、グルメ、観劇、その他の楽しみが減った。感動、感激が薄れている。年齢とともに刺激に慣れるからかと思っていたけど、その理由が、「余韻」が減ったからだというのに気が付いた。

 今でもその場では若いころと同じように楽しい。けれど昔は旅行に行けば一・二週間は旅の記憶の余韻に浸っていられた気がするが、今はすぐに忘れる!この忘れる速度の速さがヤバイ。さすがに旅行などに行ったことは忘れていないけど、認知症ってこんな感じに進んでいくのかしら。

 だから幸せを快とすると、その場限りの快・不快、両方ともその時限りの刺激でしかないのかと思う。今現在が全て!という意味では悪くないとは思っている。いい思い出を忘れてしまうのは悲しいけど。舞台などステージはすぐに忘れるので二回目観たい!と思う。さすがにチケットを入手できないので見たことないけど。映画なら二度見てしまう。そして二度目は見ながら思い出すから感動はかなり落ちる。

 刺激でしかない不快だけどそれでストレスが溜まるから、快でストレスを洗い流す必要はあるし、脳の快の記憶はなくなっても、体(細胞)には快がいい影響を与えているんじゃないかと信じたい。

過去記事ですが、 1万人の脳画像でわかった40歳からの脳の鍛え方
https://nanten505.at.webry.info/201706/article_3.html


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シニアにお金は必要

 自分で使うお金や生活費はもちろんだけど、子ども、孫にあげられるお金です。子供にしても孫にしても金の切れ目は縁の切れ目じゃないかと思います。

 お金を出してあげられるから年寄りに「付き合ってくれる」のではないか。スポンサーという感じでしょうか。若い者どうしで遊んでいる方が絶対楽しいでしょうから。まあ見返りを求めずおこずかいだけを目一杯あげられるリッチなおばあちゃんにはなれそうにない。お金は出すから私に付き合ってもらいます。

 なんて言えるように今のうちにお金は大事に使おう。今でも塾とかにお金はかかってるけど、大学に行ったらまたどんどんお金が流れていくんだろうからなあ。自分の老後資金(生活費)も貯めなきゃいけないよなあ。

過去記事ですが、貯金のコツ↓
https://nanten505.at.webry.info/202006/article_2.html


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